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読書感想文~嫌われる勇気③~ Column

学生生活

読書感想文~嫌われる勇気③~

2020.10.05

こんにちは!10月に入り、早いもので2020年もあと少しとなりました。毎年の正月に今年の目標たるものを宣言している気がするのですが、毎年忘れてしまいます。

 さて、今日も始まりました読書感想文。今回は第三章「他者の課題を切り捨てる」という内容です。課題という言葉をアドラーは「人生においてやるべきこと」という意味で用いています。これは生きる上で非常に大切なことで、特に周りの目や評価、対人関係のストレスなどを解消してくれるものです。

 人は生きていくうえで常に課題に直面しています。大きく分けて「自分の課題」と「他者の課題」です。意味はもちろん「自分がやるべきこと」「他者がやるべきこと」ということです。人間はどうしても他者の課題に目を向けてしまいますが、これは自分では変えることができないもので、そこに介入することは対人関係の悩みを増やしてしまうのです。つまり、他者の課題を切り捨て、自分の課題のみに専念することが大切であり、アドラーはこれを課題の分離と呼んでいます。漠然としていてよくわからないと思うので例を挙げてみましょう。

 みなさんは小さいころから親に「勉強をしろ」「いい学校に入れ」「安定した職業に就け」と言われたことがあると思います。親視点からすれば、子どものためを思って将来を心配する心理が働いているのですが、これがまさに他者の課題への介入です。親子であろうとそこには対人関係があり、自他が存在します。この場合、勉強をするかしないかというのは子どもが選択する事なのです。つまり、「勉強をする」という課題は子どものものであって、他者である親が取り上げてはならないのです。

もし介入してしまうと、子どもは「親の期待に応えなくては」「親にどう思われているか」と考え、しまいには世間の目ばかり気にしてしまうことになり兼ねないのです。親自身も、抱え込まなくてよく、どうすることもできない課題に悩まされ続けるのです。両者にとって大切なのは「勉強をする」という課題を子どもに選択させ、もし勉強をするならきちんと援助をするというメッセージを送る事だとこの本では言っています。

 課題の分離は親子関係だけでなく、すべての対人関係にも当てはまる非常に大切な概念だと私は感じました。なぜなら我々は他人ではなく自分の人生を生きているのだから。これからも生きていくうえで、悩みにぶつかったとき「これは誰の課題なのか」と自問自答してみようと思います。課題の分離、みなさんも是非お試しあれ。

【次回予告】

最終章:自由とは何か

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TAKUMI

この記事を書いたのは...

TAKUMI

医者の卵3年目。
ゴルフとお酒とラーメンが大好きなおっさん(22歳)

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