サカセルコラム

どうして、息子達が東大生・京大生になれたのか Column

東大生京大生の育て方

どうして、息子達が東大生・京大生になれたのか

2018.07.19

今回『東大生京大生の育て方』と言うことで依頼を受けました。

でも、私の場合は初めから『子どもを東大京大に入れたい』と思って育てたわけではありません。
気がついたら、そのレールに乗せられていて、自然に到着していた……というのが正直なところです。

ただ子育ては大好きでした。子どもをこうしたいというよりは、自分自身が賢いお母さんになりたいと思って、夢中で過ごした数年間でした。

うちは二つ違いの兄弟で、長男が東大生、二男が京大生だったのです。
それも、長男は明るくて社交的、二男は真面目で内向的と全く違うタイプの人間なのです。
同じ親が、同じように育てて、どうしてこんなにも違う性格なのか不思議でした。やはり持って生まれた性格というものがあるのでしょうか。

長男は大きな大人に囲まれた中でも、物怖じしないで得意げに話の中心になっている子でした。
二男は常に私の陰に隠れて、右から声をかけられたら左を向く、左から声をかけられたら右を向く子でした。

夫は研究開発系のサラリーマン、私は専業主婦という、ごく一般的な家庭でした。
だから、将来何にならなければいけないということもなく、自由に育てていました。
ただ夫も、父方母方両方の祖父も阪大卒だったので、阪大にいけたら万々歳だな、なんて漠然と思っていたくらいです。

それが、東大生と京大生になれたのはなぜなのか……。

長男は利発な子で、いろいろなことに興味を持ちました。また、記憶力が優れていて、絵本や図鑑の内容もどんどん頭に入っていきました。
面白いほどよく覚えるので、元小学校教諭で、その後は家で塾をしていた私は、就学前から小学校の国語や算数のドリルを遊び感覚でやらせていました。これは、良いことだったのか、悪いことだったのかはわかりませんが……当然のこと、学校では浮き溢れてしまい、学習にはあまり興味が持てなかったようです。
そんな様子を見ていた私の母の一言で、四年生の時、中学受験専門の塾に通わせることになりました。
等質集団で、レベルの高い学習をするのか楽しかったらしく、本人は生き生きと勉強していました。
また、先生方も知識が深く、息子も私もとても信頼していました。
模試の結果も良かったので、達成感や充実感も感じることができていたのではないかと思います。

本来の目的はそれで達成されていたのですが、そこは中学受験のための塾です。
模試や面談を進める中で、だんだん進路が決まっていきました。
6年生になると、1週間ほとんど毎日通うようになりました。
私達の生活も塾を中心に回っていくようになりました。
家族で力を合わせて、中学受験に立ち向かっていた感じです。

そうして中学受験をした結果、東大寺学園に進学しました。
東大寺学園は、校風といい先生方といい、素晴らしい学校でした。

同級生28人が、現役で東大に進学しました。一学年が3000人位ですので、実に1%です。
東大寺学園からは、京大や医学部にも多く進学しますので、中にいる限りは当たり前…みたいなところがあります。

幼い頃から数への興味が深く、数学や物理が得意だった二男は、同様に馬渕教室から洛南中学、洛南高校へと進み、京大に現役合格しました。
洛南は、人数が多いこともあり、統制された学校でした。
その中でもコツコツと頑張る努力家でした。

二男の時は、浪人も含めてですが116人が京大に合格しました。東大には42人が合格したので、東大寺学園と同様に、中にいると当たり前…ということになります。

『どうして、息子達が東大生京大生になれたのか?』
それは中学受験専門の塾に通い始めたことではないでしょうか?

小中高大と、国公立に通っていた私には、私立中学の受験なんて考えもしていなかったことです。
でも「自分のレベルより少し高いところで勉強させてあげたい」という気持ちから通い始めた馬渕教室、東大寺学園、洛南で、素晴らしい先生方や互いに高め合える多くのお友達に出会って、無理のないまま自然と東大への道が開かれていったように思います。

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